帰宅プログラムが実施され、希望者は無事に帰宅していた。
そんなこともあり、島の人口はかなり減っており、
エントランスセンターも人はまばらである。
そんなエントランスセンター内、歯科治療室でも、今までのような
慌しさはなく、以前のような状態に戻りつつあった。
もちろん治療に訪れている人はいる。帰宅する人の治療を
優先していたため、島に残っている人達の治療希望者の
患者が訪れているためである。
また、技工士の恵も数日前から仕事は激減していたのである。
自分の口元に入れたフルブリッジにも、かなり慣れてきて
違和感もあまり感じなくなっていた。
慣れてしまえば、大きく感じられた人工歯も自分の歯と
同様に噛むことが出来るわ。
そんな恵の歯もまた、大きな人工歯であるがゆえに、
ブラッシングには気を使う。どうしても食べ物の片が
挟まりやすいみたいだわ。キレイにしておかないと、
残されたわずかな自分の根が駄目になってしまう。
そうなれば、後は入れ歯にするしかなくなってしまうことも
分かっていたのであった。
そんな恵は、今日 治療室へ技工物を持っていく日であった。
と言っても、持って行くのは、インレー3つとクラウン2本である。
一時に比べれば、極端に少なくなっている。
しかしまた、これから新しく島に来る人もいるわけである。
恵は、そんな人達の技工物も作らなくてはいけない。
久しぶりの、ゆったりとした生活を満喫していたのであった。
そして、治療室へ到着すると、患者はいないみたいね。
そのまま診療室へ入り、技工物を渡し、先生と少し
雑談をする。
患者も激減しており、ゆっくりと新しい技工物の説明を受けると、
恵さんの歯を検診しましょう。そう言うと、フルブリッジが入れられている
口腔内を検診してゆく。まだ入れてからそれほどたっていない事もあり、
特別問題はないようである。衛生士さんが、キレイに歯を清掃して
くれていた。
ありがとう。恵はそう言うと、あなたの歯も磨いてあげるわ。
そう言うと、診療台から立ち上がると、衛生士を座らせる。
恵は技工士であったものの、衛生士の資格も持っている。
このくらいはお手の物だわ。口腔内を見渡しながら、器具を
使いながら、きれいにしてゆく。奥歯はあちこちに金冠が
入れられているわ。前歯は全部差し歯ね。まだ入れたばかり
なのであろう。歯茎との生え際もとてもきれいに処理されているわ。
真っ白い前歯がかなり印象的である。恵は歯茎との境目を
特にしっかりと磨いてゆく。差し歯の裏側は金属の補強がされているわ。
キレイに磨かれると金属部分も、より一層の輝きがよみがえる。
普段一人しかいない衛生士さんは自分の歯を、磨いてもらう機会は
あまりないようである。一通りキレイにすると、真っ白いこぼれるような
前歯を見せながら、ありがとう。と恵に微笑みかけていた。
忙しかったときは、そんなことをしている余裕はとてもなかった。
現在は、かなり落ち着いており、これから新しい居住者の
治療が少し増えるのかな?という程度である。
今までここの治療室でいったい何人の人が何本の歯を入れたのであろう。
恵も数え切れないほどの人工歯を次々と技工していたのだから・・・
そして恵は治療室を後にすると、エントランスセンター裏のルーフガーデンに
行ってみる。ここからは、眼下に海が見渡せる。一面何も無い地平線が
恵の前に広がっていた。そして、ゆっくりと深呼吸をしている恵であった。