とある日、午前中からエントランスセンターには、
たくさんの人が集まっていた。
明日からいよいよ、帰宅プログラムのため、離島する人が
集まっていたのであった。
明日は、早朝出発の為、エントランスセンター内の宿泊施設で
過ごすためであった。
その中には、詩織、美香そして彩の姿もあった。
彩が予め希望しておいたため、今日は3人で同じ部屋での
宿泊になっている。彩が早々と、部屋へ入っていると、30分くらいで
あろうか? 二人の女性が入室してきた。詩織と美香である。
考えてみれば、この島へ到着し、歯科検診を受ける待合室を
出てから、一度も会っていない彩は詩織と美香が懐かしく
とてもうれしく思っていたのである。
一度は行きたいと思っていた詩織と美香が働いていたカフェも
結局は行っていなかったわ。3人は久しぶりの再会に抱き合い、
そして、のんびりすると、ここへ来てからのことを話し始めていた。
そんな3人であったものの、口腔内の状態が全く変わっていなかったのは、
彩だけである。 パッと見た目は、詩織と美香もキレイに治療されている為、
真っ白い歯が並んでいる。しかしどことなくここに来たときの歯とは、
明らかに違っているのはすぐに分かるわ。彩はそう思っていた。
考えてみれば、詩織と美香は、ここに来たときからすでに、
美しく治療されていた歯はすべて取り外され、わずかに残っていた
根も、あっという間に、虫歯に侵され、一部の歯を残しほとんどの歯は、
取り外し式の入れ歯になっていたのであった。
少し恥ずかしがりながらも、詩織と美香は、」彩に、入れ歯を見せる。
真っ白く並んでいる入れ歯は、キレイに見えながらも、人工的な
輝きを放っている。しっかりと噛めるの?不思議そうに彩がたずねると、
入れ歯になっちゃうと、今までみたいに噛むのは難しいわね。
でも、普段の生活には、支障はないわよ。むしろ、入れ歯を入れるまでは
ほとんど噛めない状態だったのよ。
ここに来るときも、ほとんどの歯を治療してあったけれど、人工歯が
入れてあったから噛めていたのね。外されちゃってからは、普通に
生活ができないような状態だったわ。
二人とも、ここに来てから苦労していたのね。
実際に来てみるまでは、よく分からなかったけれど、この島って、
虫歯のない、天然歯だけの人が幸せに暮らせる島だったみたい。
彩はふと、今までの自分の生活を思い出しながら思っていた。
そんな時、再び、ドアがノックされていた。
彩が出てみると、ユリが立っている。 ユリさん!!中へ招き入れると、
詩織と美香も少し面識があり、再び対面したユリであった。
私もこの島から出るのよ。こぼれるような前歯を見せながら笑うユリである。
彩はユリと毎日生活を共にしていた為、むしろユリがいないほうが
不自然にさえ思っていた。
ユリさんって歯の治療されているんですか?詩織が尋ねると、
もうボロボロよ。ユリがそう話しながら口をあけると、ほとんどの歯が
セラミックで被せられ、奥歯には、金冠が入れられている。
私の歯は、ほとんどブリッジで連結されているわ。
今のところ、なんとかこんな状態を保っているけど、
これ以上、歯が悪くなったら私も入れ歯よ。
すでに入れ歯を入れている二人は、確かにこれ以上悪くなったら
ユリさんも入れ歯になっちゃうのかも?
それでも、なんとか固定式のブリッジを入れられているのが
少しうらやましい二人であった。
明日、離島する人たちの中には、治療されてなく、ほとんどの歯を
失っている人も沢山いるわよ。みんな帰宅したらすぐに歯の治療を
始めるんでしょうね。もっともすでに大部分の歯を失っている人は、
根を抜歯して入れ歯を入れるくらいしか、治療は難しい気もするわ。
そんなことをユリは話し始めていた。
そして夕刻になり、少し早めの夕食をとるためにレストランへ向かう
4人であった。
普段よりはかなり混み合っていたものの、思ったほどではないのね。
そう思っていると、すでに多数の歯を失っている人達は、普通の
食事は食べられない。そんな人達は、ホールで特別メニューが
用意されているのであった。
現在の、詩織と美香は、多少の不自由はあるものの、常食を
普通に食べることができるわ。もちろん噛む能率も悪く、
少し時間がかかるけれどね。そんな4人は、思い思いのメニューを
オーダーすると、ひと時の晩餐を楽しんでいたのである。
そしてレストランから、エントランスセンターの裏側にある大きな
ルーフバルコニーへ出てみる。少し肌寒い海風があたり、
真っ暗な海に、波の音が響き渡っているわ。
明日の早朝にはこの島を離れ、再び現実の世界へと戻っていく。
いつもと同じ毎日が待っているのかしら?それとも私たちが
いない間に、世界は変わっているのかしら?
ここに来てから考えたことも無かったことであったものの、ふと
そんなことを、4人全員が考えていたのであった。
部屋へ戻ると、詩織と美香は洗面台へ急ぐ。
食事の後は、すぐに歯を磨き、入れ歯の清掃を行わないと
気持ちが悪いわ。情けないながらも丁寧に外した入れ歯を
磨いてゆく。そして再び装着すると、部屋へ戻る。
すると、ユリと彩も歯を磨きに洗面台へ行った。
ユリと彩は、普通の歯磨きである。
歯を磨き終わると、ユリは、鏡で自分の歯を見つめていた。
表からは真っ白くしか見えない前歯も、裏側は金属で補強が
されている。そして奥歯の金冠もまた、ピカピカに輝いている。
そして、少し4人でおしゃべりをしていると、ユリが部屋を出て
自分の部屋へ戻っていった。
そろそろ寝ましょうか?彩が言うと、明日の朝が早い為か、
3人とも、早めに寝ていたのであった。